2008年01月25日

ヨシモトブランド

芸人の一流ブランドって感じがします。

吉本興業(よしもとこうぎょう)は、大阪府大阪市中央区と東京都千代田区に本社(登記上本店は大阪、※も参照)を置く東証1部、大証1部上場の日本最大手の芸能事務所、プロモーター、テレビ番組製作会社。商号は吉本興業株式会社。英文名称はYoshimoto Kogyo Co., Ltd.。社長は吉野伊佐男。通称:「吉本」、「よしもと」

日本経済団体連合会と日本商品化権協会加盟。

古くは桂春団治、横山エンタツ・花菱アチャコ、柳家金語楼から、現在のダウンタウン、ナインティナイン、オリエンタルラジオに至るまで、東西の多くの人気芸人を輩出してきたお笑い界の名門。テレビ番組制作、劇場、芸人養成スクールを手がけ、お笑い芸人のマネジメントでは圧倒的強さを誇る。意外と知られていないが、東京の二大落語家団体の一つ、落語芸術協会の創設者でもある。

また戦前は、巨人軍を他社と共同で設立して草創期のプロ野球界を支え、戦後は日本プロレス協会を立ち上げて力道山をスターにし、近年はスポーツ選手のマネジメントを数多く手がけるなど、スポーツ界とのつながりも深い。元々は全国で寄席・劇場・映画館経営を手がける興行会社であり、戦前は松竹・東宝・吉本で三大興行資本と称された。現在は芸能プロダクションを中心とし、テレビ番組制作会社、CS放送やケーブル・テレビ向けのテレビ局、不動産事業などを傘下に抱える業界最大手の複合企業である。「お笑いの総合商社」「日本最大の芸能プロ」とも揶揄され、芸能界における絶対的な権威から今や「吉本なしでは、番組が作れない」とまで言われる。

創業者の姓を採り「吉本」と名乗っているが、現在はオーナー経営ではない。大株主には大成土地、大成建設(大手ゼネコン大成建設とは無関係)、三井住友銀行、朝日放送、毎日放送などが名を連ねている。銀行系列は特にないが、旧大和銀行系の大輪会に参加している。梅田の大地主として知られる吉本ビルディングとは、よく間違われるが資本・人材を始め一切無関係である。

創業は1912年(明治45年)4月1日。始まりは吉本吉兵衛(本名:吉次郎、通称:泰三)・せい夫婦が大阪市北区天神橋にあった「第二文芸館」を買収し、寄席経営を始めた事であった。翌1913年1月には大阪市南区笠屋町(現・大阪市中央区東心斎橋)に吉本興行部が設立される。1915年には傘下の端席のほとんどを「花と咲くか、月と陰るか、全てを賭けて」との思いから「花月」と改名し花月派(無名落語家や一門に属さない落語家、色物などの諸派)結成。吉兵衛・せい夫妻は、桂派、三友派の二大勢力の争いが三友派の勝利にほぼ確定していた、1921年に非主流の浪花落語反対派と提携して勢力を伸ばし、後に反対派を吸収。そして翌年、三友派の象徴ともいえる寄席「紅梅亭」を買収して三友派も吸収。上方演芸界全体を掌握する事になる。しかし、1924年に泰三が急性心筋梗塞で死去し、若き未亡人せいが経営を背負う事になるが、せいの二人の弟の林正之助が大阪で、林弘高が東京で活躍し、大過なく経営を続ける事が出来た。その後大正時代には大阪だけでも20あまりの寄席を経営し、京都、神戸、名古屋、横浜、東京等にも展開していた。

当初は専属芸人のラジオ(当時のJOBK・大阪放送局)出演を堅く禁じていたが(当時の林正之助総支配人が「ラジオでタダで芸を聞かせたら寄席に客が来なくなる」として禁止したそうである)、1930年12月7日に桂春団治がその禁を破ってJOBKに初出演。吉本は禁を破った春団治の寄席出演を堅く禁じたが、その後しばらくして春団治が寄席に復活した途端に客が押しかける様子を見て、専属芸人を放送番組に出演させる事が結果として自らの営業利益に繋がる事を知り、1934年5月4日にJOBKと吉本は和解を果たした。同じ年に漫才(当時の万歳)専門の寄席、小屋「南陽館」を会館、当時としては破格の値段10銭という入場料で砂川捨丸・中村春代、横山エンタツ・花菱アチャコ、夢路いとし・喜味こいし、秋田Aスケ・Bスケ、芦乃家雁玉・林田十郎らが出演し人気を博す。

現在、吉本興業はジャニーズ事務所、バーニングプロダクション、渡辺プロダクション系(イザワオフィスなど)、研音、ホリプロ、長良プロダクション、アミューズ、アップフロントエージェンシー、ビーイング、エイベックス、スターダストプロモーション、ケイダッシュなどの同業他社の大手芸能プロダクションと同様に「最大のタブー」と言われる程、芸能界において巨大な圧力となっている。

その背景には明石家さんま・ダウンタウンなど数字が取れる人気タレントがズラリ揃っている事、創業時からの経営手法、会長だった林正之助が絶大な経営権を持っていた事、そのイズムを受け継いでいる事が起因している為である。

また、所属している芸人・タレントの離反に対しては、テレビ局等に容赦なく干す様に要請し、それに耐え切れず、芸能界を去る者もいれば、中には下積み同然の扱いを受けた後に土下座して、ようやく復帰を許されたものもいると言われる(その代表格に大平サブローがいる)。但し、吉野綾、木村進、今日規汰代らの様に病気及び結婚・円満に退社・移籍したタレント・芸人に対しては別扱いである。
(以上、ウィキペディアより引用)

確かに一流芸人も数多く所属してますからね!

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